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40歳からのブログ SWの日常

40歳から始めたソーシャルワーカー備忘録。旅行記・福祉制度・いわゆる雑記。現在、SFC修行中

胃瘻についての考え方(主催さんと)

胃ろうについての考え方

 

 

数日前に、秋葉原のワーキングスペースの主催さんとなぜか

 

介護について少し話をしました。

 

その人が一番言ってたのは

 

 

胃ろうってなに?<ほぼ文句。

 

あれは医療者の怠慢だということです。

 

面倒くさいから、穴開けるんでしょ?なんか、適当な理由をつけて、作っちゃうみたいな。

 

ふーん。そうか。そういう観方があるか・・・。

 

胃ろうについては、どっかで記載したような気がするけど、

 

おさらい。

 

胃ろうは、経管栄養のひとつ(排液の場合もあるから一概には言えないけど)。

 

胃ろう・・・経費内視鏡的胃瘻増設術による胃ろうのこと。侵襲や、合併症が少ないから、結構普及している。

 

種類は4種類。胃内固定板による分類(バルーンかバンパーか)・チューブの長さ(ボタン型かチューブ型か)とわけられてます。

 

PEGの交換は在宅では厳しくってだいたい病院でするんだけど、ものによって一か月だったり4か月だったりする。

 

バルーンが破裂すると腹膜炎起こしたりするけども。

 

なんで胃ろうになるんだかというと。

栄養がとれないから。まんまじゃん・・・。

 

まぁいらなくなったらとればいいわけだしね。

 

でも、その主催さんは、とれればいいけど、とれない場合の胃ろうはどうなのよって話らしい。

 

そうね、とれなかった場合は・・・。いや、とれない場合って、そのまま死んでしまうということでみなさんつけるんではないだろうか。

 

腸が使える人は胃ろうになる。

 

使えない人はIVHかTPN・・・

(IVH=intra venous hyperalimentation=経静脈的高カロリー栄養法→静脈からの栄養摂取

TPN=tatal parenteral nutrition=完全非経口(非経腸管)的栄養法→腸管以外からの栄養摂取 

 

さて、どっちがいいかという問題ではなく、胃ろうはどうですかって話ですね。

 

誤嚥性肺炎は高齢者にとって命にかかわることだから(くせになるそうです=私はなんとなく誤嚥性肺炎で命を落とすような気がする・・・)

 

それを回避させるっていう目的があるのだと思う。ほっといたら、餓死してしまうわけで・・・。

 

まぁ昔はどうしていたんだろう。

 

餓死ですかね・・・。おなか破裂して残念なことになるとか。

 

私は今の医学があるので、昔の人とは選択肢の幅が違うし、それを選択してはいけないというわけではないと思う。

 

自分の大事な人が餓死ってのは現代の医学ではありえないし、みてる方も耐えられない。

 

望むべきは、穏やかにその人が満足がいくような死なのではないかしら。

 

満足がいくような死を考えられる幸せというのを自覚したりするってのはどうだろう。

 

どんどんこういった疑問を持つ人が増えていけばいいと思う。

 

介護するする側される側。その家族。

 

いろんな人が一人の人に関わってくるのだから

 

主催さんのように、

 

なんで胃ろう?なんで?なんで?

 

っていっぱいケチをつける人が増えればいいと思う。

 

そしたら、心ある医師は考えると思う。

 

心ある人は力になろうとすると思う。

 

理想やきれいごとなのだけど

 

そうした人がいないよりいたほうがいいし、いるだけでなく増えればそれが波になることもあるのかも・・・とは思ったりする。

 

 

主催さんがいう胃ろうは、医師の怠慢についての文句だから、医師がしっかり患者に寄り添って、胃ろう増設に関して、とことん話し合えるようになれば、ゆっくりと解決するような気がする。

 

医師は時間がないといっておろそかにしがちな患者さんの思いだけど、それを掬い取ってくれる医師が増えればいいと思う。

 

とか思いました。

 

なんか不時着してますが、そんな感じ。

 

胃瘻の種類の適応についてはちゃんと勉強しないとなって思いました。

 

 

看護学生の読む本がもう少し安価だとありがたいなぁと思いました。