40歳からのブログ SWの日常

ソーシャルワーカー備忘録。いわゆる雑記。

怒る人、怒らない人、怒れない人

あまりにも整体院で待たされていて、悲しいくらいのひとり時間。どうも受付の人の予約違いであと、1時間はまたされる様子。

へーへー。と思いながら、整骨院内の本を読み漁る。それも終わると、スマホでブログを読み漁るネットの波へ向かいそのあとツイッターの世界に行ったもののやることなくなっちゃって、現在に至ります。

そんなこんなで予約間違えされたことに対して、昔なら確実にゲキオコだっただろうなぁってふと思いました。

「私」について

基本的に、私は「怒りっぽい」と言われます。会ったことない人にさえ言われちゃうんだから、よほど怒りっぽいのかなぁと思ったりします。でも、実生活では滅多に怒りません。ただ、顔つき・めつき・話し方に問題があるのでしょうね(ある意味全部・・・)。私は愛想笑いをしません、仕事でしてるのでプライベートではうんざりです。あともともと幼いころから目つきがキツイと言われてきたのでそうしたこともあるのでしょう。あと、日ごろ人に話をしているだけの仕事ですから仕事以外で話をそんなにしたいと思っていません。そんなこともあって私を知らな人ほど私を「怒りっぽい」と言います。

実際に私はそうそう本気で怒らないのですが、それは怒ったところで得するということはそうそうないと思うからです。

ソーシャルワーカーという仕事につくと意味不明なことでとっても怒られます。そもそも私に対する怒りじゃないよねということでも怒られまくります。

たいていここは傾聴で乗り切るのですが、たまに怒られながら「この人はどこまで怒れば気がすむのだろう」と冷静に思い始めます。

私もムカつく人の悪口はもちろん言います。でも、体力がないので怒るとかキーキーいうとか疲れてしまって困ります。私が怒ったら100万円もらえるというなら一日かけて全力で怒ります。なんせ日給100万円ですから。そんな話聞いたことがありません。

怒り続けてもお金が懐に入って来るわけではないので適当にストレス発散できたら、怒り終わればいいんじゃないかなぁって思うんですよね。よく街で見かける人でずっと怒ってる人がいますが、いつ電源がきれるのかなぁなんて思います。

私もやられたことがありますが、黙っていたので相手も「のれんにうでおし」「ぬかにくぎ」と思ったのか1時間ほどして退散していました。何も悪いことをしていない私としては、1時間もつきあってあげたんだからタクシー代くらいおいていってもらいたいものだと思いました。

怒りの矛先はまぁどこでもいいんじゃないか だってそのうち疲れるから

たまにブログに怒りの矛先を向ける人がいてそれを悪いという人がいますが、現実世界でぶつけるよりよほどいいと思います。人の目に触れる可能性があるからほどほどにって思いますが、私もかつてそうでした。しかし、年齢とは恐ろしいもので、ブログに八つ当たりするのも面倒になってきます。むかつくと思っても、そのうち、そっか・・・私がいけないのか・・・とそんな風に怒りも消化してしまうようになります。省エネです。

ただ、若い子にそうしろと言っているわけではありません

若いときは痛い思いをするくらい元気があったほうがよろしいのです。

先日TVをみていました。内容は安倍政権が続くことをいいと思うか思わないかということを若者対象にインタビューしていたのだと思います。

TV:「安倍政権でいいと思う理由は?」

若者:「今のところ何も起こってないし、コロコロ首相が変わるのもなんだし平和だと思う」

知人:「この若者は自分のことしか考えていない」

まぁこの若者が自分のことしか考えていないかどうかはさておき、確かに事なかれ主義の若者が多いことは肌で実感している日々です。それもどちらでもいいんですけどね。ただ、怒るって若いうちはドンドンしてもいいかとは思います。歳とると体力なくなってなかなか思いっきり心置き無く怒ることができなくなるので。そして、その怒りによって失うものは大きいものです。

まぁね、怒るって疲れるよね

歳をとると体力がなくて「怒れない人」になるので、正義のために紛糾することは悪いことではないと個人的には思います。世の中には怒らない人もいますね。それは完璧な平和主義か単にモノを考えることが苦手なのか自分がないのか、それとも自分の信念があったうえでの「怒らない」なのかとても興味深いです。私の知ってる人は後者でした。

正しく元気に「怒る」ということができる人が少ない世の中になってきたなって思ったりするんです。