40歳からのブログ SWの日常

ソーシャルワーカー備忘録。いわゆる雑記。

アルジャーノンに花束をを読んで・・・読書感想文

アルジャーノンに花束を若いころ、ハルパパさんにこれはお勧めだから読んでみたらと言われ手に取りました。

はじめは、本当に読みづらい・・・。カタコトだけでなく分離脳なのではないかというかきかた。なんのこっちゃ・・・。それを我慢して読みつづけた。主人公はチャーリィという男性。知的障害者っぽい。

アルジャーノって誰ですか?そしたらネズミさんの名前でした。アルジャーノンは、脳の手術を受けていて、ネズミだけど、チャーリィと競って迷路ゲームに勝利してしまう。チャーリィは、この脳手術を受けることになった。

IQが、どんどんあがるにつれ、文章も読みやすくなる。文体は、彼の知能指数を反映しているのだ(ちなみに原本も同じように、アルファベットの綴りが間違っているので、可能な限り正確に翻訳されている)。で、読み続けているうちに、彼には今まで精神遅延のころには気づかなかった様々なことが理解できるようになるのだけども・・・。恋もするし、人のことを偉そうに批判したりするようになった彼を好きだという人間は減っていき、彼自身も多くのことで苦しむ。

そんな中、アルジャーノンは常軌を逸する行動にでるようになった。アルジャーノは彼の大事な友達であり、同じ実験材料(モルモット)という境遇の中生きてきた仲間だったはずだ。アルジャーノンは最終的には死んでしまう。彼は自分もアルジャーノンと同じ運命をたどると理解した。

本の最後に、ひらがなでアルジャーノンに花束を・・・と彼は望む。

優しい彼に戻っていった。知的障害者にとって、幸せとはなんだろう。

彼は、知的障害をもち、脳手術(今でいうロボトミー手術)により、知能を回復させた。しかし、その知能は彼のもっていた性格を変化させ、彼を孤独においやった。能力が高いということが必ずしも幸せにつながるということではないとこの本は訴えている。

きっと、パン屋で働く彼の性格のまま(知的障害者だからこそこの仕事だったわけだが)、知能が向上していれば、幸せだったかもしれない。知能とはなんだろう。賢いとはなんだろう。教育とはなんだろう。私は知的障害ではない。この本を読んだら、絶対になくのだけど、単に彼がかわいそうで、でも、かわいそうと思う私は傲慢なのではないだろうかと不安になる。

彼は実験台になってしまったが、不幸だっただろうか。

本当のことを知るという事は、幸せなの?不幸なの?私にとっての新しい命題を突き付けられた気分だったのを覚えている。なんとなく思い出したので、今更感想文を書いてみた。真実を知ることは、たとえそれがどんなことであれ、幸せなのか不幸なのか。